[動画1]和敬堂から刀のご紹介品番 K381001 銘文 肥前国近江大掾藤原忠広    同国住人陸奥守忠吉    (新刀最上作・最上大業物) 鑑定 財)日本刀剣保存協会 重要刀剣 寸法   長さ 2尺4寸3分8 0:59
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和敬堂から刀のご紹介

品番 K381001

銘文 肥前国近江大掾藤原忠広
同国住人陸奥守忠吉 (新刀最上作・最上大業物)

鑑定 財)日本刀剣保存協会 重要刀剣

寸法 長さ 2尺4寸3分8厘(73,9cm) 反り 2,2cm 目釘穴 1個 元幅 30mm 先幅20mm

国 肥前国

時代 江戸時代 万治頃

形状 鎬造り、庵棟、身幅、重ね頃合い、反りやや深くつき、中切先

鍛え 小板目肌がよく詰み、米糠肌と称される地鉄となり、地沸こまかにつく

刃文 直刃調に浅くのたれ、小沸出来となり匂口締まりごころに明るく冴える

帽子 直ぐに小丸にかえる

中心 生ぶ、先剣形、鑢目勝手上り

白鞘 有

解説
近江大掾忠広と陸奥守忠吉は肥前、鍋島藩お抱えの刀匠であった肥前刀正系の二・三代目の刀工である。
二代目近江大掾忠広は初代忠吉の子で寛永九年に父・忠吉がなくなると十九歳の若さで二代目の当主となり寛永十八年に近江大掾を受領した。元禄六年に没するまでたくさんの優品を残している
三代目陸奥守忠吉は近江大掾忠広の子で、万時三年に陸奥大掾を受領し、寛文元年には陸奥守となる。二代は長生きだったこともあり、父に先立ち亡くなる。作刀期間が短かった事と父の代作に任じていた期間が短かったことで、作品数が極めて少ない。また父以上に地鉄の処理は定評があり、非凡な才能を示し、三代陸奥と称さる。
本作は二代近江大掾と三代陸奥守の合作で、地刃共に出来が良く、傑作といえるだろう。三代の作は少ないが、合作はさらに貴重で資料的価値も高い。
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株式会社和敬堂
近江大掾忠広と陸奥守忠吉は肥前、鍋島藩お抱えの刀匠であった肥前刀正系の二・三代目の刀工である。 二代目近江大掾忠広は初代忠吉の子で寛永九年に父・忠吉がなくなると十九歳の若さで二代目の当主となり寛永十八年に近江大掾を受領した。元禄六年に没するまでたくさんの優品を残している 三代目陸奥守忠吉は近江大掾忠広の子で、万時三年に陸奥大掾を受領し、寛文元年には陸奥守となる。二代は長生きだったこともあり、父に先立ち亡くなる。作刀期間が短かった事と父の代作に任じていた期間が短かったことで、作品数が極めて少ない。また父以上に地鉄の処理は定評があり、非凡な才能を示し、三代陸奥と称さる。 本作は二代近江大掾と三代陸奥守の合作で、地刃共に出来が良く、傑作といえるだろう。三代の作は少ないが、合作はさらに貴重で資料的価値も高い。