[動画1]和敬堂から刀のご紹介品番 K381002 銘文 薩摩官工秩父末葉 平正良(新々刀上々作)   天明五年巳八月 為市来喜納次惟宗政詺造之 鑑定 財)日本刀剣保存協会 重要刀剣 寸法   長さ 2尺8寸5 0:59
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和敬堂から刀のご紹介

品番 K381002

銘文 薩摩官工秩父末葉 平正良(新々刀上々作)
天明五年巳八月 為市来喜納次惟宗政詺造之

鑑定 財)日本刀剣保存協会 重要刀剣

寸法 長さ 2尺8寸5分(86,5cm) 反り 2,1cm 目釘穴 2個 元幅 35mm 先幅26mm 元重 mm

国 薩摩国

時代 天明五年

形状 鎬造り、庵棟、身幅広く、元先の差殆ど開かず、重ね厚く、長寸、反り深くつき、上半は反り浅く、大切先

鍛え 板目肌に杢目・流れ肌交え、肌立ちごころ、地沸厚くつき、地景頻りに入る

刃文 のたれ調に互の目・尖りごころの互の目交じり、足よく入り、匂い深く、沸厚くつき、荒めの沸が目立ち、刃縁盛んにほつれ、金筋・枠筋・砂流し頻りにかかる

帽子 乱れ込み、先尖りごころに掃きかける

中心 生ぶ、先入山形、鑢目勝手上り

白鞘 有

解説
伯耆守正幸は二代伊地知正良の子で、享保十八年に生まれ、三代目を引き継いで正良と名乗った。寛政元年奥元平と時を同じくして、伯耆守を受領し、正良の名を嫡男に譲り、自らは正幸と改めた。文政元年八十六歳で没す。正幸は父祖に優る技術を示し、出藍の誉が高く、薩摩新々刀鍛冶の中では奥元平と共に双璧である。正幸の作品は、身幅広く、長寸で、重ねも厚く、切先が延び、一般的に頑丈な造り込みのものが多く、刃文はのたれに互の目・尖りごころの刃を交え、匂口深く、荒めの沸がつき、金筋・砂流しかかるなど、相州伝、とりわけ志津に倣った作柄を得意としている。
本作は、地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸厚くつき、地景頻りに入り、刃文はのたれ調に互の目・尖りごころの互の目交じり、刃縁盛んにほつれ、足よく入り、匂深く沸厚くつき、荒めの沸が目立ち、金筋・沸筋・砂流し頻りにかかるなど、地刃に伯耆守正幸の典型かつ出色の出来口が示されている。薩摩新刀・新々刀は示現流の影響を受けて身幅の広く手持ちのずっしりと重い豪壮な造り込みのものが多く、中でも正幸には特に豪壮なものが目立つことが知られている。しかし、本作ほど長寸豪快で手持ちの重い作は類例がなく、地景を頻りに交えた鍛えは常にもまして強く、荒沸の目立つ刃文の雄大さも格別である。伯耆守正幸畢生(ひっせい)の大作にして白眉としょうされるべきものである。
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株式会社和敬堂
伯耆守正幸は二代伊地知正良の子で、享保十八年に生まれ、三代目を引き継いで正良と名乗った。寛政元年奥元平と時を同じくして、伯耆守を受領し、正良の名を嫡男に譲り、自らは正幸と改めた。文政元年八十六歳で没す。正幸は父祖に優る技術を示し、出藍の誉が高く、薩摩新々刀鍛冶の中では奥元平と共に双璧である。正幸の作品は、身幅広く、長寸で、重ねも厚く、切先が延び、一般的に頑丈な造り込みのものが多く、刃文はのたれに互の目・尖りごころの刃を交え、匂口深く、荒めの沸がつき、金筋・砂流しかかるなど、相州伝、とりわけ志津に倣った作柄を得意としている。
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7 時間前
和敬堂から刀のご紹介 品番 K381001 銘文 肥前国近江大掾藤原忠広 同国住人陸奥守忠吉 (新刀最上作・最上大業物) 鑑定 財)日本刀剣保存協会 重要刀剣 寸法 長さ 2尺4寸3分8厘(73,9cm) 反り 2,2cm 目釘穴 1個 元幅 30mm 先幅20mm 国 肥前国 時代 江戸時代 万治頃 形状 鎬造り、庵棟、身幅、重ね頃合い、反りやや深くつき、中切先 鍛え 小板目肌がよく詰み、米糠肌と称される地鉄となり、地沸こまかにつく 刃文 直刃調に浅くのたれ、小沸出来となり匂口締まりごころに明るく冴える 帽子 直ぐに小丸にかえる 中心 生ぶ、先剣形、鑢目勝手上り 白鞘 有 解説 近江大掾忠広と陸奥守忠吉は肥前、鍋島藩お抱えの刀匠であった肥前刀正系の二・三代目の刀工である。 二代目近江大掾忠広は初代忠吉の子で寛永九年に父・忠吉がなくなると十九歳の若さで二代目の当主となり寛永十八年に近江大掾を受領した。元禄六年に没するまでたくさんの優品を残している 三代目陸奥守忠吉は近江大掾忠広の子で、万時三年に陸奥大掾を受領し、寛文元年には陸奥守となる。二代は長生きだったこともあり、父に先立ち亡くなる。作刀期間が短かった事と父の代作に任じていた期間が短かったことで、作品数が極めて少ない。また父以上に地鉄の処理は定評があり、非凡な才能を示し、三代陸奥と称さる。 本作は二代近江大掾と三代陸奥守の合作で、地刃共に出来が良く、傑作といえるだろう。三代の作は少ないが、合作はさらに貴重で資料的価値も高い。 https://wakeidou.com/pages/738/