高知県 四万十市観光協会

2026年1月10日(編集済み)
[画像1]【高知県四万十市】土佐の小京都中村〇土佐の小京都って? 今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創
[画像2]【高知県四万十市】土佐の小京都中村〇土佐の小京都って? 今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創
[画像3]【高知県四万十市】土佐の小京都中村〇土佐の小京都って? 今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創
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[画像6]【高知県四万十市】土佐の小京都中村〇土佐の小京都って? 今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創
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[画像8]【高知県四万十市】土佐の小京都中村〇土佐の小京都って? 今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創
[画像9]【高知県四万十市】土佐の小京都中村〇土佐の小京都って? 今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創
[画像10]【高知県四万十市】土佐の小京都中村〇土佐の小京都って? 今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創
[画像11]【高知県四万十市】土佐の小京都中村〇土佐の小京都って? 今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創
[画像12]【高知県四万十市】土佐の小京都中村〇土佐の小京都って? 今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創

【高知県四万十市】土佐の小京都中村
〇土佐の小京都って?
今から約550余年前、応仁の乱を機に、前関白一條教房公は中村(現在の四万十市)へ下向し、中村に居を構えました。一條公は京の都にちなんで、社寺の創建や市街地の発展の礎をつくりました。※関白…公家の最高位で天皇を補佐する官職
京都から多くの文化をもたらした一條公の下向は地域の誇りを育て、今もなお衹園、京町、鴨川、東山など京都にちなんだ地名やゆかりの神社が多く残っています。このように京都とのつながりを大切にした地域文化が息づいていることから、四万十市中村地域は「土佐の小京都」と呼ばれています。
一方、市街地は自然災害の多い地域で、四万十川の氾濫や火災、震災等により、古い建物はほとんど残っていませんが、中世から近世にかけて形づくられた格子状の区画が現在も残っています。

〇土佐一條家の歴史
土佐一條家は、一條教房公が応仁2年(1468年)に所領であった高知県西部の幡多荘(現四万十市)に下向したことに始まります。領主が自ら荘園を直接経営し、四万十川流域の物流を掌握し、九州と関西を繋ぐ交易地として栄える基礎を築きました。
また、教房の息子房家は、京都に戻らず在地領主となり幡多荘を拡大させ、土佐一條氏の全盛時代をつくったと言われています。
その後、天正2年(1574年)に長宗我部元親によって豊後に追われるまで、土佐一條家は房冬、房基、兼定と106年にわたって、公家大名としてこの地を治めました。

〇一條家を感じる史跡
【玉姫の墓】
玉姫は、伏見宮邦高親王王女で、一條房冬の夫人です。大永元年(1521年)降嫁のため中村に下向しました。玉姫が嫁いだ6月22日と、亡くなった8月22日にちなみ、毎月22日を玉姫様の日として今でも市民に親しまれています。

【不破八幡宮】
文明年間(1469~1487年)に、一條氏が京都の石清水八幡宮から観請して幡多の総鎖守とした神社です。本殿は室町時代の建築様式が残る高知県最古の神社建築で、国の重要文化財に指定されています。

【一條神社】
文久2年(1862年)、中村御所跡の一画に、土佐一條家の遺徳を偲ぶ有志によって建立された神社です。境内にはお化粧の井戸、咲かずの藤など一條氏ゆかりの旧跡が残されています。

【四万十市郷土博物館「しろっと」】
中村城跡の一画に建つ城の形をした博物館です。天守閣風の館からは、四万十川、東山を望み、市街地を一望することができます。四万十市の自然、文化に加えて、土佐一條家、中村山内家、幕末の志士、中村出身の社会主義者 幸徳秋水などまちの歴史に関する貴重な資料を展示しています。

〇小京都を感じる行事や祭事
「土佐一條公家行列藤まつり(5月)」、「大文字の送り火(旧暦7月16日)」、「不破八幡宮大祭(9月)」、「一條大祭・御神火奉納行列(11月)」など季節によって京都文化を感じさせる行事や祭事も行われます。

このように四万十市には、京都との深いゆかりをもつ歴史と、受け継がれてきた伝統文化・芸能が息づいています。こうした背景から、かつての地名「中村」にちなみ、「土佐の小京都中村」と称されるようになりました。

京都とつながる歴史、受け継がれる文化。
四万十市が「土佐の小京都中村」と称される魅力を、ぜひ感じてみてください。

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2026年1月25日
【高知県四万十市】四万十川流域を彩る花々 1.四万十市の気候  四万十市は、豊かな山林・清流四万十川・南東部は太平洋に面しており自然環境に恵まれています。また、1991年から2020年までの平均気温は16.5℃、平均年間降水量は2,877.9mmで、太平洋型の温暖気候となっています。 2.温暖な気候が育む花々 【春】 〇春の暖かい日差しに変わる2月下旬頃、四万十川下流域に広がるヤナギ林は、木の芽が黄緑色に芽吹き、ヤナギ林一帯に1000万本の菜の花が、黄色い絨毯のように咲き広がります。四万十川流域に春の訪れを告げる代表的な風景です。   〇3月下旬になると、市内の高台にある桜の名所「為松公園」で桜が満開になります。桜が咲く期間は、ボンボリが灯されて夜桜も楽しめます。「為松公園」からほど近い場所に「四万十市郷土博物館」があるので、郷土の歴史にも触れつつ、展望フロアからの景色をお楽しみください。(※「四万十市郷土博物館」開館時間/9:00~17:00、 休館日/水曜日)  また、四万十川桜づつみ公園では、整然と植樹された桜と手入れの行き届いた芝に座ってお花見を楽しみながら、春らんまんの四万十川がご覧にいただけます。四万十川下流域では、この時期から田おこしが始まり、蛙が鳴き始めます。   〇桜が散って葉桜になる頃、視線を香山寺に向けると、市の花「藤」が山肌を紫色に彩ります。香山寺は、ハイキングやバードウォッチングのスポットとしても人気があります。またアスレチックが整備された公園があり、休日には親子で楽しむことが出来ます。 〇風薫る5月には、内陸部の西土佐地区で地域住民が育てたバラやユリが、のどかな田園風景を彩ります。大宮バラ園では約500本のバラが、西土佐薮ケ市では約1万2千本のユリが、来る人を歓迎します。   〇この時期、トンボ自然公園では、トンボが飛び交う水辺を睡蓮や花菖蒲が彩ります。トンボ自然公園は、世界最初のトンボ保護区として1985年から整備が始まり、これまで81種のトンボを記録しています。園内に併設されている「四万十川学遊館あきついお」では、世界中のトンボを含む世界の昆虫標本と四万十川に生息する魚の展示がご覧いただけます。(※「四万十川学遊館あきついお」開館時間/9:00~17:00、休館日/月曜日) 【初夏】 〇雨降る曇り空の6月。安並水車の里では、カタンコトンと音を立て回る水車とともに、水路沿いのあじさいが色鮮やかに咲き、見る人を楽しませます。水路の近くには東屋が整備されており、ゆっくり腰を下ろして紫陽花と田園風景を眺めるのもおすすめです。  四万十市の内陸部では、夏の暑さが厳しく、北西からの風が吹くとフェーン現象に加え、太平洋からの海風も入りにくくなるため、高温になります。2013年8月12日には、江川崎で、この年の日本最高気温となる41.0℃を観測しました。 【秋】 〇少し空が高くなる9月下旬。入田ヤナギ林では、曼珠沙華が辺り一面を真っ赤に染め、草むらでは秋の虫が鳴き始めます。この頃から厳しい暑さも徐々に和らぎ始めます。 〇秋が深まる11月上旬、四万十川の支流黒尊川の渓谷沿いでは美しい紅葉を観ることができます。 【冬】  温暖な気候に恵まれる四万十市ですが、冬には山間部や豊後水道側に開けた平野部では雪が降る日もあり、朝晩は氷点下になることも多いです。しかし、日中は暖かく、小春日和が続きます。 3.春の訪れを楽しむ催事  先にご紹介した、入田ヤナギ林では「菜の花まつり」が開催されます。「菜の花まつり」では、黄色い絨毯を敷いたような菜の花の森で、地元の特産品の販売や中高生による吹奏楽など様々なイベントが開催される予定です。菜の花が咲く四万十川観光にぜひお越しください。
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2025年12月18日
【高知県四万十市】四万十市で絶対に食べるべきおすすめ食材!【Part2】 四万十市には「これが1番おすすめ」とひとつには絞り切れないほど、おすすめしたい食材がたくさんあります。豊かな自然で獲れる食材はどれも絶品です。四万十川の幸、海の幸、山・里の幸 四万十の食文化と郷土料理を楽しむことができます。 〇四万十の海の幸 中村伝統の味 中村の塩たたき 全国的にも有名なカツオのたたき。塩たたきと言うと塩を振るだけのシンプルなものが多いですが、四万十市中村地域の塩たたきは酢みかんの果汁を効かせた塩だれをかけて味をなじませます。お店ごとに味つけも様々で、ここでしか食べられない伝統の味です。 カツオだけでなく、スマ (スマガツオ) ハガツオなど、そのときどきで入った新鮮な魚も使われます。3月~5月頃にはさっぱりとした味わいの初鰹上り鰹、 9月~11月には脂の乗った戻り鰹 ・ 下り鰹が味わえます。これ以外の時期にも旬の魚の塩たたきが食べられます。 ・旬の刺身 豊かな漁場を持つ高知県西部の中心に位置する四万十市では、 イセギ、 グレ、コウロウをはじめ新鮮な魚がお店に並び、カツオはたたきだけでなく刺身でも食べられます。 食べ応えのある刺身の厚さも地元ならではです。 〇四万十市に来ないと食べられない?!ビリガツオ 夕方に獲れた鰹で、水揚げからお客様の口に入るまで約3時間の死後硬直する前の状態の鮮魚をビリと呼びます。弾力を感じながらも衝撃的なほど柔らかい、もっちもちの食感が特徴です。新鮮さを極めたやみつきになる鰹にお酒が進みます。(幡多地域で使われる方言「ビリ」は”新鮮中の新鮮“の意味を表します。) 〇四万十は肉もうまい!幻のメス牛「四万十牛」 四万十牛は黒毛和牛のメス牛のみを使用した、年間約100頭しか出荷されない幻の牛です。メス牛ならではの融点の低い甘くサッパリした脂質が最大の特徴です。 四万十川へ注ぎ込む、奥深い山からの自然の水と、特製自家配合飼料、乾草、地元の稲藁を与え丹精込めて直営牧場で育てられています。車や人の往来のない静かな山間でストレスなく、のびのびと育った四万十牛は濃厚な甘味があるとろけるようなお肉になります。この脂質の良さが、甘さや口に入れた時のとろける食感に繋がります。その味わいは、旨み、甘み、香りともに極上品です。