-
記事
-
チャンネル
-
地域
-
季節
-
タグ
記事
-
動画記事 4:48
迫力ある弓矢の演武から目が離せない!薩摩日置流腰矢組弓の弓術は戦国時代の戦場では 鉄砲に劣らぬ活躍をした歴史的武術!
祭り・イベント 歴史- 1.07K 回再生
- YouTube
薩摩日置流(へきりゅう)腰矢組弓の動画をご紹介 こちらの動画「Koshiya Kumiyumi, Battlefield Archery Demonstration (薩摩日置流腰矢組弓 演武)」は、世界弓道大会における和弓の演舞の様子を撮影した動画です。 日本の歴史における戦国時代の戦場では、武術の1つとしてたびたび弓術が用いられました。 動画には、迫力たっぷりな競技の様子が記録されているので、ぜひ伝統の日本文化を感じ取ってみてくださいね。 動画で紹介されている薩摩日置流腰矢組弓とは?起源・歴史を紹介 写真:日本の弓術 和弓の流派の1つである薩摩日置流は、日置弾正政次が室町時代に確立しました。 しかし、戦闘に鉄砲が使われるようになると、弓術は次第に軽視されるようになります。 この頃から薩摩日置流では、高弟に技術を伝承させながら、さらなる弓術の研究を重ねました。 隊形を作ってから一斉に弓を放つ腰矢や指矢、押詰や突撃といった戦法を考案しました。 薩摩日置流から派生した諸派について 日置流は弓道の元祖ともいえる存在で、戦国時代以降の日本に強い影響をもたらします。 戦国時代以降は日置流から派生した弓術諸派に分かれていき、現在に至ります。 主要な流派は大和日置系統(吉田流)の出雲派、山科派、左近右衛門派、大蔵は、印西派、大心派、寿徳派、雪荷派、道雪派などです。 また、伊賀日置系統の流派には竹林派、一貫流、本多流があります。 また、薩摩日置流印西派浦上系や、薩摩日置流印西派摂津系、日置當流や逸見流といった流派も活躍しています。 薩摩日置流腰矢弓組では、手の内の整え方や働かせ方を重視し、打ち起こしの動作をして弓を斜め前方に構え、引き取るという射法が基本です。 それぞれの流派には、射法や所作に特徴があります。 動画でご覧になれる薩摩日置流腰矢組弓の演武紹介 画像引用 :YouTube screenshot 動画では9人の甲冑をまとった演者が弓道場に入場するところから始まります。 多くの観客が見守っているのも、動画からお分かりになれます。 動画の0:37より、大きな掛け声と共に次々と弓を放っていきます。 動画の2:08から紹介されている演舞では、弓を放った後に、徐々に前へ距離を詰めていく様子がご覧になれます。 編隊を組んで弓を放つ演舞は、戦場での実戦に基づくものなのでしょうね。 薩摩日置流腰矢組弓演舞の動画まとめ 弓道は、戦国時代に発展した日本ならではの武術・武道の1つです。 動画には、迫力ある薩摩日置流腰矢組弓の演武の様子が、余すことなく紹介されています。 日本の武道に興味がある方は、歴史を感じさせる鎧をまとって、弓を放つ様子が収められたこの動画で、日本文化の魅力を存分に感じ取ってみてくださいね。 -
動画記事 1:00
テニス世界トッププレイヤーの錦織圭が侍に!!世界で活躍するテニスの技はラケットを木刀に持ち替えてもピカイチだった!
日本人・著名人 スポーツ- 77 回再生
- Vimeo
日清カップヌードル「錦織圭」CM紹介動画について こちらの動画「日清カップヌードルCM 錦織圭 ”The Arena Specialist”」は、2015年に放送されたCMです。 CM動画では、プロテニスプレイヤーの錦織圭選手が侍(武士)に扮装し、木刀での見事なテニスプレイで対戦相手を打ち負かす内容となっています。 プロテニスプレイヤーの繰り出される技の数々は、驚きの連続となっています! 日清カップヌードルCM紹介 画像引用 :vimeo screenshot CMでは自由の女神をバックに、ニューヨークの海上で一艘の船に乗った錦織圭選手から始まります。 まるで佐々木小次郎との一戦を交えた巌流島の決戦に向かう宮本武蔵のようです。 鉢巻を巻き着物(胴着)をまとい、木刀一本で到着した先は、テニススタジアム。 こちらは動画の0:13からご覧になれます。 試合開始とともに、対戦相手の放つ鋭いボールを次々と木刀で華麗に打ち返していきます。 0:28よりご覧になれるこのシーンはなんとCGでは無く、実際に木刀で打ち返しているのです。 そして、0:48からのこの動画の一番の見どころの錦織圭選手の必殺技「エアーケイ(エアK、エア・ケイ)」が炸裂! ジャンプした状態から放たれるスーパーショットは、ラケットから木刀に持ち替えても衰えることない凄まじい迫力となっています。 最後のカメラへのサインも毛筆でおこなうという、世界観にこだわった映像となっています。 この決戦シーンが撮影されたのはブルックリンの「グランド・プロスペクト・ホール」で、対戦相手の男性は、NCAA(全米大学体育協会)チャンピオンシップスでファイナリストの実力を持つ英国人、ダン・コクランさんです。 プロテニスプレイヤー錦織圭とは? 画像引用 :vimeo screenshot 錦織圭とは、1989年生まれの島根県松江市出身のプロテニスプレイヤーです。 身長178cm、体重75kgで2007年に17歳でプロ選手へと転向しました。 18歳の若さで、デルレイビーチ国際テニス選手権で優勝し、松岡修造に次いで日本男子史上2人目のツアーシングルス優勝者となりました。 2016年には、リオデジャネイロオリンピックで男子テニスシングルス銅メダリストとなり、テニス競技では日本選手として96年ぶりのメダルを獲得しました。 2019年、ブリスベン国際で約3年ぶりのツアー優勝を手にして、アスリート名声ランキング「ワールド・フェイム100」で28位にランクインしました。 ◆プロテニスプレイヤー錦織圭の主な戦歴・試合結果◆ 2014年 ジャパンオープン 優勝 2014年 全米オープン 準優勝 2015年 バルセロナオープン 優勝(2連覇) 2016年 メンフィスオープン 優勝(4連覇) 2016年 リオデジャネイロオリンピック 銅メダル 2018年 モンテカルロ・マスターズ 準優勝 世界で活躍する日本のスポーツ選手の中でも、際立った戦歴で日本に嬉しいニュースを届けてくれています。 国際テニス連盟が定めた4大大会(全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン選手権、全米オープン)では、2014年の全米オープンでの準優勝が最高順位となっています。 日清カップヌードルとは? 写真:カップヌードル このCMの商品である日清食品のカップヌードル(カップ麺)は、世界初のカップ麺として1971年に生まれました。 世界80カ国以上で発売され、2016年には世界累計販売食数が400億食を超えました。 訪日外国人の人気のお土産でもあり、特にフィリピンでは「シーフードヌードル」が大人気となっています。 オリジナルの醤油味のカップヌードルの他に、「シーフードヌードル」「カップヌードル カレー」「カップヌードル チリトマトヌードル」「カップヌードル SiO」「カップヌードル ミルクシーフードヌードル」など様々な種類が販売されています。 大阪府池田市と神奈川県横浜市にはカップラーメンの博物館「安藤百福発明記念館(カップヌードルミュージアム)」があります。 日清食品のカップラーメンのCMは過去には、「永瀬正敏」「木村拓哉」「AKB48」らの著名人が出演し、話題となっています。 2019年には、世界的で大人気の漫画(アニメ)「ONE PIECE」とコラボレーションしたCMが放送されました。 日清カップヌードル「錦織圭」CM紹介まとめ 画像引用 :vimeo screenshot 世界で活躍する日本のスポーツ選手の中でも、トップクラスの成績を残している錦織圭選手の素晴らしい技の数々をご覧になれるこのCMは絶対に見逃せない! これからも錦織圭選手は大坂なおみ選手らの世界で活躍するテニスプレイヤーとともに、日本のテニス界を大いに盛り上げてくれるでしょう! 【公式ホームページ】カップヌードルミュージアム 横浜 - Cupnoodles Museum https://www.cupnoodles-museum.jp/ja/yokohama/ 【公式ホームページ】カップヌードルミュージアム 大阪池田 - Cupnoodles Museum https://www.cupnoodles-museum.jp/ja/osaka_ikeda/ -
動画記事 9:14
侍を現代に蘇らせる甲冑師の職人技をとくとご覧あれ!歴史ある伝統工芸品を守る職人のこだわり、そして抱えている問題とは何か?
伝統文化- 123 回再生
- YouTube
日本にわずか数名!武士が大切にした甲冑を守る現代の職人・甲冑師の紹介動画 こちらは「ANA Global Channel」が公開した甲冑師・三浦公法さんへのインタビュー動画「Japanese armor maker/Interview - IS JAPAN COOL? CRAFTSMANSHIP(甲冑師)」です。 現代に受け継がれる芸術品としての甲冑の歴史 かつて武士が合戦で身につけた甲冑。現代では工芸品としての性格が高く、日本刀と並んで国内外のコレクターから人気を集めています。 武士が作り上げてきた甲冑という伝統文化と歴史を受け継ぐのは、今では数名の甲冑師のみとなりました。 甲冑師の仕事とは 現代の甲冑師は歴史的な鎧や兜を修理・製作したり、鎧細工を施したりすることが主な仕事となっています。 そんな匠の技を継承する甲冑師のひとり、三浦公法さんは無形文化財としても認定された職人です。 国宝の復元や、江戸時代に徳川家康から英国ジェームズ一世に贈られた甲冑の修理復元を行うなど、歴史的価値のある作品を手掛けてきました。 新作の甲冑を作る場合、平安時代や鎌倉時代に作られた甲冑をもとに製作します。 すべて手作業なので、納品までに非常に時間がかかり、早くても3年、長くて5年の年月が必要だといわれています。 しかも甲冑に設計図はありません。 鎧細工に使う素材は自ら探し、加工を行うため、匠の技が試させられるのです。 甲冑師は歴史上、戦国時代には「具足師(ぐそくし)」と呼ばれていました。 平安時代には、武士の成立を背景として大鎧が主たる甲冑でありましたが、戦国時代になると、鉄砲の登場を背景に機動性に優れた甲冑である「当世具足(とうせいぐそく)」が誕生しました。 一方で、戦国武将は甲冑に個性あふれるデザインを施し、その奇抜さや迫力を戦場で競い合ったのです。 甲冑師と後継者問題 伝統工芸品の世界で問題になるのが後継者問題。 職人の世界といえば所作の指導や厳しい修行があるため長続きしない人も少なくありません。 しかし中には、日本文化に興味をもって海外から弟子入りする人も増えています。 甲冑師・三浦さんの弟子アンドリューさんもアメリカからやってきました。 端午の節句・五月人形に受け継がれた甲冑の伝統文化 美術品として扱われる甲冑。 現代の私たちが最も身近に見られるのが端午の節句の五月人形です。 その歴史は武士社会の成立にさかのぼります。 端午の節句自体は奈良時代からあったようですが、甲冑を飾る習慣は武士の治世となった江戸時代に端を発します。 武士にとって端午の節句は重要な行事。 この季節に盛りを迎える菖蒲が「尚武(部を重んじる意味)」に繋がることから、邪気を祓い健康を保つと考えられてきました。 このことから男子の健康、ひいては一族の繁栄を願い、武家の家では端午の節句に神社に甲冑を奉納していたのです。 甲冑は武士にとって戦いから身を守る防具という意味だけではなく、病などの災いからも守ってくれるものだったからなのですね。 さて、この五月人形の製作も甲冑師の仕事です。 職人の作風もさまざまですが、五月人形で有名な甲冑師としては、一久、雄山、辰広、龍玉がいます。 有名な流派としては明珍派、春田派があります。 端午の節句には、どんな人形が飾られているか目を向けてみるのもいいですね。 甲冑師の紹介まとめ 戦国時代が好きな人であれば実際に触れたくなるのが甲冑です。 都内には甲冑試着体験を行っているところもあります。 興味のある人は甲冑を身に付けて、当時の武士になりきってみてはいかがでしょうか。 芸術品としての甲冑の価値は高く人気を誇ります。 動画を通じて、甲冑の歴史の奥深さを味わってみてくださいね! -
動画記事 3:34
歴史ある古武道である二刀神影流鎖鎌術は日本武術に興味がある人必見!忍者?侍?達人による技の数々は一瞬たりとも目が離せない!
スポーツ 伝統文化 歴史- 467 回再生
- YouTube
日本武術・古武道である「二刀神影流鎖鎌術」の動画について 「bushinjuku」が制作する、「Nito Shinkage Ryu Kusarigama Jutsu 二刀神影流鎖鎌術」は、日本武術である二刀神影流鎖鎌術を紹介している動画です。 心技体の精神が磨かれたことにより生み出されるすばらしい技に、きっと目を奪われるはずです。 この記事では、日本武術・古武道である二刀神影流鎖鎌術の歴史や起源などを紹介しています。 日本武術・古武道である二刀神影流鎖鎌術とは? 画像引用 :YouTube screenshot 日本古来の二刀神影流鎖鎌術は、鎖鎌という帯刀を認められなかった農民などが、自分の身を守るために生み出された武器を使った武術です。 現在では、鎖鎌術の型の演舞が開かれており、そこで鎖鎌の迫力や攻撃性の高さを知ることができます。 こちらの動画の0:13より見ることができます。 海外では、この動画が大変注目されています。 日本武術・古武道である二刀神影流鎖鎌術の特徴は、二丁の鎖を使い相手を倒すことです。 鎖の先につけられた分銅を相手に当て攻撃してきます。 こちらの動画の0:58より見ることができます。 また、分銅を操り相手の剣を巻いて、落としていく技もあります。 こちらの動画の1:46より見ることができます。 動画の3:10からは、分銅で数メートル離れた場所に置かれた鉢を砕いていく様子がご覧になれます。 現在の活動はこのような演舞や古武道大会以外に、剣道と異種試合を行うなど、普及活動を行っています。 日本武術・古武道である「二刀神影流鎖鎌術」の起源・歴史 画像引用 :YouTube screenshot 日本の古武道は自分の身を守る護身術として生まれ、その後、徒手によるものは柔術を中心に発展し、武器を使うものは剣術を中心に発展しました。 江戸末期には各藩内のみに秘伝された「御留流」などさまざまな流派があったと言われています。 その中で、日本武術である二刀神影流鎖鎌術は、宮本武蔵から二天一流を継いだ、新免弁助が開いた神免二刀神影流の流儀より派生したものです。 三代目の松村義孝に至り、「新免」の文字を削除しました。 現在は六代目の島村収が二刀神影流鎖鎌術の伝承や稽古などを務めています。 高知県高知市を中心に活動しているそうです。 日本武術・古武道である「二刀神影流鎖鎌術」の記事のまとめ 「bushinjuku」が制作する、「Nito Shinkage Ryu Kusarigama Jutsu 二刀神影流鎖鎌術」は、道着を着た達人が、日本武術の鎖鎌術を披露している動画です。 海外でも、昨今の忍者・侍の人気から剣道や柔道、空手などの日本伝統の競技・スポーツが人気となっています。 日本の武術を体験するために訪日観光に訪れる外国人の方も増えています。 この動画では厳しい修行や練習、稽古によって体得した技を見ることができ、その迫力にびっくりすると思いますよ。 日本武術・古武道に興味がある人には必見の動画です! 【公式ホームページ】二刀神影流鎖鎌術 - 日本古武道協会 http://www.nihonkobudokyoukai.org/martialarts/077/ -
動画記事 4:03
戦国時代にタイムスリップ!?しものせき海峡まつりの源平まつりは参加者が鎧や着物に身を包み日本の歴史を忠実に再現したダイナミックな山口県下関市のお祭り!
祭り・イベント 歴史 伝統文化- 165 回再生
- YouTube
しものせき海峡まつり「源平まつり」動画紹介 こちらの動画は「下関商工会議所青年部下関YEG」の制作した、しものせき海峡まつりの源平まつりの観光PR動画「【公式】しものせき海峡まつり 源平まつり」です。 約4分の動画は、2017年に行われた「源平まつり」神事の様子などの見どころが、荘厳な曲に合わせて紹介されています。 しものせき海峡まつり「源平まつり」とは?開催日程は? 山口県下関市は、平安時代末期に壇ノ浦の戦いが行なわれたという歴史的な地です。 そんな下関市で、毎年5月2~4日の日程で行なわれる「しものせき海峡まつり」は、日本古来の時代絵巻のような雅な雰囲気です。 しものせき海峡まつりのメインとなる3日の源平まつりでは、かつて源平合戦が行なわれたという関門海峡で源平武者行列や源平船合戦海上パレード、先帝祭や源平弓合戦などが開催され、多くの観光客で賑わいます。 こちらの動画はお祭りの参加者が着物や甲冑・鎧を身にまとい、街がまるで戦国時代にタイムスリップしたかのような迫力ある映像となっています。 下関の歴史、そして日本の歴史をこの動画で堪能してください。 源平まつりの見どころ「源平武者行列」 画像引用 :YouTube screenshot 源平まつりに先立って行なわれる先帝祭では、上臈道中外八文字披露や奉納行事があります。 その後に行なわれる源平まつり源平武者行列では、鎧や甲冑を身につけた戦国武者や、華やかな衣装をまとった官女、可愛らしい子供武者が市内を行進します。 衣装を身につけている様子は動画の0:09より、行進は1:26よりご覧になることができます。 この行列は、源平の合戦の戦場に向かう様子を表しています。 道中では威勢のよい勝鬨(かちどき)の声が上がり、観光客を楽しませてくれます。 源平まつりの見どころ「源平船合戦」 画像引用 :YouTube screenshot 動画の1:37からご覧になることのできる、しものせき海峡まつり源平まつりの源平船合戦は、下関の海に出て源氏と平家の合戦の模様を再現する勇壮なイベントです。 船には武蔵坊弁慶や静御前(しずかごぜん)、安徳帝(あんとくてい)などに扮した参加者が乗り込み、祭りを盛り上げます。 船上で繰り広げられるダイナミックな源平まつりは、インスタ映えもバッチリです。 メインステージでは源平合戦にちなんだイベントが行われ、日本古来の豪華な和装をまとった5人の太夫の舞でフィナーレを迎えます。 メインステージの模様は動画の3:00よりご覧になることができます。 源平船合戦に参加する人物は一般公募で選ばれるので、応募すれば日本文化を堪能できるチャンスを得られるかもしれません。 しものせき海峡まつり源平まつり紹介まとめ 動画にもあるように、しものせき海峡まつり源平まつりは日本の歴史を体感できる勇壮なお祭りです。 まずはこちらの動画で戦国当時の日本の様子を堪能してみてはいかがでしょうか。 しものせき海峡まつりの源平まつりは、赤間神宮や姉妹都市ひろばで開催されます。 しものせき海峡まつりの会場周辺には当日交通規制が敷かれるため、イベントのスケジュールや交通アクセス方法をチェックした上で観光に訪れるのがおすすめですよ。 【公式ホームページ】しものせき海峡まつり - 下関市公式観光サイト 楽しも! https://shimonoseki.travel/kaikyo_fes/ -
動画記事 4:15
日本の古き良き街並みが残る岡山県矢掛町を着物姿で散策!街を練り歩く大名行列は江戸時代にタイムスリップしたかの様な光景を味わえる!
地域PR 観光・旅行 歴史- 120 回再生
- Vimeo
岡山県矢掛町の観光情報動画をご紹介! こちらの「歴史かおる文化の町 岡山県矢掛町」は、倉敷の奥座敷と呼ばれる岡山県矢掛町(やかげちょう)の観光情報をまとめた動画です。 岡山県小田郡矢掛町は、日本史で有名な天璋院篤姫が滞在したという歴史が残る宿場町です。 矢掛本陣と脇本陣が今でも残る矢掛町では、秋になると「矢掛宿場祭り大名行列」というイベントが行なわれ賑わいます。 祭りのメインは、動画の0:07よりご覧になれる豪華な大名行列です。 「した~に~、したに」の掛け声で練り歩きますが、この動画の随所でこの掛け声を聞くことができます。 日本国内でも特に天気がいい日が多い気候の岡山県は、小旅行にぴったりの観光名所です。 岡山県矢掛町の魅力たっぷりの歴史風情溢れるこの動画を是非ご堪能ください。 動画で紹介されている岡山県矢掛町とは? 画像引用 :vimeo screenshot 岡山県矢掛町には江戸、明治、大正、昭和時代の建物が混在しています。 ひとつの町で、さまざまな時代を感じられるのが矢掛町の魅力といえるでしょう。 こちらは動画の2:40より、案内人の方が説明しています。 インスタ映えする歴史ある町並みには、動画で紹介されているような日本らしい着物姿がよく似合います。 矢掛町役場や農村環境改善センター周辺から、ゆったりと散策を楽しんでみましょう。 プラモデルの聖地といわれる模型店「エラヤ」も密かに人気を集める穴場スポットです。 岡山県矢掛町には魅力的な観光スポットがたくさん! 写真:吉備真備公園(矢掛町) 江戸時代の街並みが残る矢掛町には、旧矢掛本陣石井家住宅や、旧矢掛脇本陣高草家住宅などを観光するのがおすすめ。 古美術品が展示された古意庵、やかげ町家交流館ややかげ郷土美術館、宇内ホタル公園や歴史公園、吉備真備公園に足を伸ばしたいですね。 4月のつばき祭り、5月の吉備公祭に合わせて矢掛町を訪れるのもおすすめです。 矢掛町エリアには温泉施設も充実しています。湯の華温泉に宿泊し、ゆったりと過ごしてみましょう。 あなたなりのルートで岡山県矢掛町の観光スポット、自然、文化をお楽しみください。 岡山県矢掛町で絶品グルメを堪能しよう! 岡山県は醤油の名産地として知られ、動画の2:30にも醤油の仕込みの様子が紹介されています。 また、岡山県では名物のゆべしを食べるのもおすすめですよ。 街歩きを楽しんだ後には、古民家風カフェやレストランでランチを楽しみましょう。 水車の里フルーツトピアでは、フルーツの収穫体験もできますよ。 岡山県矢掛町の観光紹介動画まとめ 画像引用 :vimeo screenshot 動画で紹介されている岡山県矢掛町では、日本らしい歴史ある街並みを散策したり、絶景を楽しめるスポットに足を運んだりするのがおすすめです。 ご紹介した動画を参考にして、心に残る岡山旅行を計画してみてくださいね。 近隣にはホテル・旅館などの宿泊施設もあるのでお泊りでの旅行も楽しめます。 【公式ホームページ】岡山県矢掛町 町役場ホームページ http://www.town.yakage.okayama.jp/ 【トリップアドバイザー】矢掛町 https://www.tripadvisor.jp/Tourism-g1121388-Yakage_cho_Oda_gun_Okayama_Prefecture_Chugoku-Vacations.html