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今回はJリーグ加盟を目指す都農町のサッカーチーム「ヴェロスクロノス都農」について、ご紹介します。
現在、宮崎県児湯郡都農町を本拠地として活動するヴェロスは九州サッカーリーグに所属し、Jリーグ加盟に向けて頑張っています。
この投稿では、ヴェロスの詳細や歴史、取り組み、私が一緒に仕事をした一人の選手について触れていきたいと思います。
◆ヴェロスの詳細
ホームタウンは都農町、ホームスタジアムは都農町藤見公園陸上競技場とし、日々目標に向けて練習をしています。 クラブカラーは浅葱色で、運営法人は「株式会社J.FC宮崎」で2014年に創設されました。
◆ヴェロスの歴史
2019年にJ.FC MIYAZAKI(ヴェロスの元のチーム)と都農町の一般社団法人ツノスポーツコミッションとの間で、「つの職育プロジェクトに関する協定」を締結し、翌年にはホームタウンを宮崎市から都農町に移し、クラブカラーが現在の浅葱色となりました。 またその翌年には、クラブ名が「ヴェロスクロノス都農」に変更され、チームロゴやエンブレムなどが刷新されました。 ヴェロスとしての歴史は短いですが、本当はもっと長い歴史があります。 今回は端折らせていただきます。
ちなみに、ヴェロスクロノス都農の由来は、都農町の矢研の滝に因む「矢」のギリシャ語「ヴェロス」とギリシャ神話の農耕の神「クロノス」を組み合わせたものです。
◆最近のヴェロス
私が都農町観光協会に勤め始めたのは去年の4月で、そこからヴェロスについて知ったり、仕事でご一緒することもあり、応援するようになりました。
実はヴェロスの選手たちはプロサッカー選手と会社員の二足の草鞋の選手が沢山いるのです。 その元になるのが「地域おこし協力隊」です。 地域おこし協力隊とは、都市地域から過疎地域や条件不利地域に移住し、地域おこし活動を行うことで地域活性化に貢献する制度です。
この制度をヴェロスは取り入れており、午前中はサッカーに専念し、午後はそれぞれの場所で働くということになります。
働き先には、農家や都農町の会社や団体などがあり、デジタル班や農業班と言われています。 去年一年間だけこの観光協会に1人だけ協力隊として来られている選手もいました。
また、ヴェロスのアンダー世代にも注目が集まっています。
一般社団法人ツノスポーツアカデミーの取り組みの一環であり、スポーツ、生活、教育、職育、地育を通じて少年期から青年期までの若者を育てる、地域を巻き込んだ独自のプロジェクトを行っています。 一人のスポーツ選手である前によき社会人として、地域社会の模範となり、地域を引っ張っていく人材育成はこの町ならではなのかもしれません。
そもそも、自分がプロのスポーツ選手だったらと考えると、とてもじゃないですが、プロでありながら仕事もすることは納得出来ないし、なんで俺がこんなこと、など思ってしまうでしょう。
その疑問もあり、選手に聞いたことがあります。
◆観光協会に協力隊として来られていた選手の話
「確かに、プロでありながら農業をしたりパソコンを触る事に対して疑問を持っている選手は少なからずいると思う。 このチームのやり方や方針に不満を持つ選手もいるのが現状。 でも、他のチームにはほとんどない特色だし、そもそも社会を経験してない自分達にとって貴重な経験だよ。 やりがいも感じるし、日常的な考え方なども変わってきた。 この観光協会に入って一番感じるのは自分はベテランと呼ばれる年齢だから、チームの手本とならないといけないし、ここで行った成果が地域住民とのつながりにもなる。 この年だから引退した先を考えた時に社会に出る人やサッカーチームに携わる人もいると思う。 その中で社会に出るとなるとこれまでの経歴は全くと言っていいほど効き目がない。 だからこそ、このヴェロスに入団したことは引退した後を考えるきっかけになったし、社会に出た時の自分を考えるきっかけにもなった。 これだけは言っておきたいのは、この経験は生きていく上で素晴らしい財産になるってこと。 あの経験があったから、とか、ヴェロスにいたからこそ、って感じることがこの先絶対にあるんだよ。 若手にとっては今は分からないことかもしれないけど、今いる場所で一生懸命にやる事で、チームメイトや監督・スタッフ、もっと言えば地域住民に認めてもらえるようになる。 それは自分だけでなくチームも応援されるようになると思う。 小さい町だからこそ共に手を取り合い助け合うことで、地域に根付いたチームになるし、もっと上を目指せるようになると思うよ。」
と語ってくれました。 この方は現在、神奈川県に移住し議員さんの秘書として活動しています。 これもまたびっくりですよね。 でもこれは紛れもなく、彼自身が積み上げてきたものの結果だと思います。
次は、彼と一緒に仕事をした去年1年間の中で感じたことなどを話していきます。
私が観光協会に入社した2024年の4月、彼は2カ月ほど前に観光協会初の協力隊として派遣されていました。 チャラそうだなが第一印象でした。 ですが、男同士すぐ仲良くなって一緒に行動することも増えました。 夏祭りでは炎天下のなか、チームで神輿を担いだりもしていました。 友好都市である北海道佐呂間町出張や姉妹都市沖縄県糸満市出張も一緒に行き、現地のイベントでは地鶏の炭火焼を焼く担当をしていました。 今思うと、働く人だったなという感じです。
最も一緒に頑張ったのは都農町の有名祭の一つである、産業まつりでした。
出店やキッチンカーの手配や会場の下見、新しいことへの挑戦も彼と一緒に行いました。 私は彼をサッカー選手というよりも、仕事場の尊敬する先輩として見ていたかもしれません。 それぐらい仕事の時はサッカー選手感を出さなかったのだと思います。
そして、2024年年末をもって、サッカーを引退、協力隊をやめて、議員さんの秘書となったのです。
プロのスポーツ選手は基本的に引退後スポーツに携わる事が多いイメージです。 例えば、監督やコーチ、スポーツディレクター、チームの経営側にまわったりいろいろあると思います。 引退後に秘書に、ましてや議員さんの!? と私は驚きました。 それもそのはず、しっかりインターネットのニュース記事にもなっていました。
そんな方と社会人1年目からお仕事が出来た私にとっても貴重な経験となりました。
私がここまで書くのは、ヴェロスクロノスの取り組みには意味があると思っているからです。 この取り組みはサッカー選手の引退後のキャリアにも大きく影響すると思います。 ヴェロスに来て都農町を好きになり、引退後に住んでいる選手もいます。 ただただ、チームを応援するだけでなく、地域住民と協力することで都農町もヴェロスも発展していくのだと確信しています。
今年も圧倒的強さでリーグ戦5勝1負、天皇杯もJ3のガイナーレ鳥取を破り、2回戦J1名古屋グランパスとの試合が6月11日に挑みます。 ジャイアントキリングを起こしてほしいですね。
今後もヴェロスクロノス都農の動向に注目です!!